高市山村日記

愛媛県伊予郡砥部町高市にある「砥部町山村留学センター」の、非公式連絡ブログです。 現留学生関係者は勿論、OB・OGや保護者の方、学校・センター教職員の方も是非御参加ください。

高市山村日記へようこそ。子供も親も元気になる高市の山村留学。子供たちを満たし成長を促すその実力と、日々のできごとをそのままご紹介します!

★ 高市の山村留学をご紹介  高市での生活ってどんな感じ?
★ 留学生保護者のインプレ   実際留学させてどうだった?
★ 山村留学 始まりの瞬間   子どもが「行く」と言ったとき
★ よくある質問   山村留学を検討中の保護者さんへ



※ 高市小学校は、平成28年度で閉校しました。
平成29年度からの高市の山村留学は、新生・広田小学校で継続いたします。
(バス通学で約6分です)

当ブログの平成28年度までの情報は、高市小学校と連携した状態での山村留学制度に関するもです。平成28年度の山村留学に限定した情報として御利用ください。

山村留学 始まりの瞬間

1年生での山村留学~決断からの1年~


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年生での山村留学、受け入れできるところは全国的に少ないんです。

わが家の次男、今年度1年生での留学生。

留学を決めてからちょうど1年経過しました。
この1年を振り返ってみようかと思います。


写真は入所式のあとの次男
早くも友達とじゃれています

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山村留学はじまりの瞬間〜小6Sの場合

愛媛新聞に、山村留学をひかえた親御さんの

投稿が載るシーズンとなりましたね(^^)

一度経験させると、次々と山村留学させたく(したく)なる!

いかに高市での山村留学が素晴らしいかの証しだと思うのは、

私だけではないとおもいます^ ^




さて、とうとう3学期も残り1ヶ月となりましたが、

息子Sが自分で行く!と決めた時のことを

書いておこうと思います。
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山村留学始まりの瞬間 ~こどもが「行く」と言ったとき~ 続・N田編

N田です。

我が家は男の子ばかりの4兄弟です。

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冬休み中、久し振りに自宅に揃った4兄弟。

本年度も含め3期に渡って2名ずつ、延べ6名を留学させている山村留学リピーターです。

H24年度  長男 T色(3年)  次男 K星(1年)
H25年度
H26年度  次男 K星(3年)  3男 R地(1年)
H27年度  長男 T色(6年)  3男 R地(2年)
H28年度  次男 K星(5年)  3男 R地(3年)
01/16正式に留学決定

H29年度  次男 K星(6年)  3男 R地(4年)  4男 S春(1年)
  (予定 >> 高市小廃校により白紙撤回)

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  今回留学を決めた子供は2名で、我が家の来年度小学生全員ということになります。

----------次男K星 5年生で3回目の留学
----------3男R地 3年生で3回目の留学
 上記表のとおりK星本人としては、平成29年度に6年生で留学し、勉強面を充実させながら高市小学校を卒業すると決めていたようです。小学生最年長の兄として、新入生となる末っ子を見守る強い義務感もあった様子。しかし、平成28年度を最後に高市小学校の廃校が決まったことを知ったK星は、その直後には最後の高市小学生となることを決心していたようでした。

 K星から留学の意思表示を聞いた際、留学経験があるとはいえ、自分にとって非常に重要であろうことを何て気軽に決めるんだろう、と思いましたが、いま考えると本人には初めからある種の「覚悟」があったように思います。後で聞いたところ、高市小学校の存亡を子供なりにとても気にしていたとのことでした。

 留学を決心したK星が直ちにしたことは、山村留学センターへの電話。寮母さんが出たようです。「もしもし、おれK星、おばさん、R地呼んで。」 おばさんって・・・(^^;。現在留学中の3男R地が電話に出ます。「R地、おれ来年留学することにしたけん、R地も行こうや。」「う~ん・・・じゃあ行こっかな。」

 3男R地も次男に流されて決めた訳ではなく、継続留学するか否かについて真面目に考えていたようです。その比率は「帰郷6:継続4」だったとのこと。高市小学校の廃校決定が、継続への決定的要素になったであろうことは容易に想像できます。

 翌日の01/16、N田がセンター長へ正式に申し込み、二人の留学が確定しました。

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 平成28年度・急遽決定した我が家4期目の山村留学は、完全に自分たちの意思だけで、僅か数分で決まりました。次男3男なんて、いつまでもクソガキだと思っていましたが、もう自分の進路を決めることができるんですね。子供の成長って親の想定を度々超えるもんだなと感じるシーンでした。

 高市で最後となる三位一体の山村留学。子供たちよ、その暖かさを胸いっぱいに詰め込んでおいで!

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御案内: 平成28年度は、あくまで非公式に3月上旬頃まで何の支障もなく受け入れ可能だと思われます。見学・体験入所・面接など、これからでも全く問題ありませんので、興味のある方は是非お問い合わせください

02/25追記: 02/25現在、締切になったそうです。

山村留学を子どもが決めた瞬間~山の場合~


■重要■ 平成28年度を最後に、高市小学校の廃校が決まりました。
 この記事は、現在までの山村留学生保護者の経験談を基にしています。これは高市小学校と連携した状態での山村留学制度に関するものであるため、平成28年度までの山村留学に限定した情報として御利用ください。



山です。
現在3年生の長男が山村留学を知ってから行くと決断するまで

10が月かかりました。


私自身が山村留学を知るきっかけはこちら
http://takaichisanson.blog.jp/archives/1954936.html

10ヶ月かかったので本当に本人が決めたときには

驚きのほうが大きかったのを覚えています。



去年の4月

最初に山村留学を長男に教えたとき。

「こんなんあるよ」とホームページを見せました。

返事はNO

予想通りの反応に理由も聞いたか聞かなかったかも

思い出せません。



・・慎重で人見知りな長男の性格からして当たり前の反応。

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山村留学始まりの瞬間 〜こどもが「行く」と言ったとき〜 ハタ編(下)

こんにちは。ハタです。
今回は2回目と3回目の「行くと言ったとき」についてです。


我が家は2つ違いの2人姉妹。
今年で山村留学は3回目です。

1回目 平成23年度 1年生 3年生
2回目 平成25年度 3年生 5年生
3回目 平成27年度 5年生 



<2回目>
1回目の晩秋ころから、
「来年はどうする?」 という話題が出始めます。
その問いに我が子たちは「帰る」と迷うことなく決定済み。 

そして、姉が「今度は6年生で来る」とのこと。
8歳の子が3年後の自分の人生を計画していることにびっくりしました。
我が子ですけど。
そして、妹は「私も一緒に行く」と追従。


そして、地元に帰って元の小学校での生活を送って、9ヶ月後。
またもや冬休み。 

「6年生の修学旅行は地元の小学校の友達と一緒に行きたいから、
 来年高市に行きたい」 という9歳。
変更の理由までちゃんと述べてからの、計画変更希望。 

「私も行く」と妹。

センターに電話すると
面接もなくていいので、書類送りますとのこと。


そういうわけで、2回目の山村留学となったのでした。 


<3回目>
えぇと、なんで行くって言い出したんだったかな? 10372986_662821560513509_753727691237099777_o
...という、訳でした。

今年6年生の地元のKちゃんと一緒に大三島行きたかったんですって。 
1年生のときは、5、6年生のお姉さんたちが行くのをみてて、
3年生のときは、姉が行くのをみてて、行ってみたかったんですね。 

「私も行く」と姉について行っているように受け取ってしまっていたけれど、
3回とも 彼女の意志で行っていたのだなぁと
この記事を書くことで振り返って改めて気づきました。




あと2週間で冬休み。
会えるのがたのしみです。



先日、久しぶりに電話があり、わくわくして掛け直すと、
恒例の
「上履きキツイから新しいの送って」でした。 
ついに、私と同じサイズです(; ̄Д ̄) 

山村留学始まりの瞬間 「子どもが行く」と言うまでの道のり~山の保護者意識改革編~


■重要■ 平成28年度を最後に、高市小学校の廃校が決まりました。
 この記事は、現在までの山村留学生保護者の経験談を基にしています。これは高市小学校と連携した状態での山村留学制度に関するものであるため、平成28年度までの山村留学に限定した情報として御利用ください。


山です。



我が家は山村留学は今年初めてで
現在、3年の長男が留学
1年目です。



留学は本人が即決することが多い・・・

ようですが

我が家は本人が決断するのに、1年近くかかりました。

その経緯を保護者(主に母)の意識変革からお伝えします。

長くなるので二回に分けて・・

(すみません~



まずは保護者編

激しく運動オンチで不器用さには定評のあるワタクシが

ナニを思ったか錦織ブーム以前の

昨年4月からテニス教室に通い始めました。

その週に1回のテニス教室で

偶然教室で知り合った方と共通の目標「愛媛マラソン」

のために、テニスのあとに一緒にジョギングすることに。



その友人の長女長男は留学センターの

OBでした。



ジョギングしながら友人から聞いた山村留学のリアルな話は

私の固定概念を覆しました。

その時の衝撃は今でもはっきり覚えています。

ワタクシのその当時のショボい固定概念

(今となっては本当に恥ずかしいのですが、

あえて書きます・・・



山村留学は学校になじめない、行き場のない子が行くところ?矯正プログラム?

だから問題児ばかりで荒れている、先生はてんてこ舞い?

当然、生活習慣、協調性、学力もあやしい?

あえて行かす メリットない?


そう思っていました。



それが覆った瞬間でした。



聞けば聞くほど全く逆で
私の理想とする教育環境が整っている!



と確信しました。



高市での教育環境がどう素晴らしいかは

他の方も紹介されているのでここでは割愛させていただきますが、



本当に偶然に偶然が重なって、

山村留学の本当を知ることが出来ました。



●根性も意思もお金も体力も時間もなく

●救いようのない運動オンチのくせにテニスを始めたこと

●そのテニス教室でOB保護者に出会ったこと

●「愛媛マラソンは誰でも完走できる!」とそそのかされ、

一緒にジョギングを始めたこと

●山村留学の話がひょんなことからでたこと

●自宅に帰ってすぐに山村留学センターに電話したこと

●電話が通じ寮母さんから話を聞けたこと

(一番印象的だったお話は「親から離れて寂しさで泣く子もいる、

でも寂しいのは皆一緒、泣かない子も「俺だって寂しいんよ」と励ましあっている」

というお話でした。)

●ツレアイに私のようなマイナスの固定概念が無かったこと

 → だから直後の子どもの日まつりに一緒に見学に行けた



どれひとつ欠けても山村留学の本当を知ることは

出来なかったと思います。



子どもの留学は夫婦の意思統一が必須ですが、

うちは

その友人の「高市の雰囲気は口でゆうても伝わらん!

(翌月の)子どもの日まつり、行ってみて!」

という助言に素直に従い、何か適当な事を言って

ツレアイに高市まで付き合ってもらった気がします。



ツレアイは元々勘がいいからか?

山村留学に対する変な固定概念がなかったためか?

子どもの日まつりで高市のよさが伝わったのか?

その直後の旅行では温泉の中で

「高市にやるか」とつぶやいておりました。



繰り返し書いているように

私が山村留学の本当の姿を知ったのは

偶然に偶然が重なったからです。



私はマイナスの固定概念があったため

ネットもそもそも検索もしなかったと思うし、

運よくこのようなサイトを目にしても

スルーしていたと思います。



そもそも小学生の子どもを手放すなんて選択肢があるとは

思っていませんでした。



もし少しでも子どもの教育環境の選択肢として興味があれば、

思いつきでも偶然でも何でもいいから

とにかく実際に目で見てみることかと思います。



それが子どもの生き方が広がるきっかけになるかもしれません。



さて、親の意識改革はここまで。



親は「行かせたい」と願っても子どもがイヤなら始まりません。

次は子どもが「行く」というまでの長~い

1年間をお伝えします。



良かったらお付き合いください

山村留学、始まりの瞬間 〜 こどもが「行く」と言ったとき~ ハタ編(上)

こんにちは。ハタです。

我が家は2つ違いの2人姉妹。
今年で山村留学は3回目です。

1回目 平成23年度 1年生 3年生
2回目 平成25年度 3年生 5年生
3回目 平成27年度 5年生 

<1回目>
夏休みに見学に行った翌年のお正月明けに
留学センターから電話がかかってきました。
「4月から留学しませんか?」と。
その電話に、「今度1年生になるので、
2年生以降で考えます。」と即答し、
電話を切ったのですが・・・。

電話を切った後で、娘たちに一応
「この前の夏休みに見学に行った山の学校行く?」
と聞いてみると・・・「行く!」とのこと。
(ちなみに「夏休みの見学」とは、
 流しそうめんを食べに行ったついでに連絡もせずに見に行きました。
 たまたま寮母さんがいてセンター内を見せてもらってパンフレットをもらいました。)

(え~、本当?)と思いつつ、
ならばと、とりあえず面接に行ってみることにしました。

学校の様子もセンターの様子も見られるようにと、
学習発表会の前日からセンターに体験宿泊させてもらいました。

夜は翌日の学習発表会の原稿を片手に
自分リハーサルをしている留学生たち。
寝るまで「早く~~しなさい」と急かしている我が家とは大違いで、
なんか、いいなぁこういう時間と思ったのでした。

翌日の学習発表会は、餅つきをして、しし鍋を食べてから始まりました。
児童の発表をみて、なんだかみんなしっかりしてるなぁ、
少人数ってすごいかも、と思ったのでした。
(今年度の学習発表会は平成28年1月31日(日)です!興味があればぜひおいで下さいませませ(*・ω・)ノ)

姉妹は、最初は恥ずかしがっていたものの、
慣れてくると現PTA会長さんにちょっかいをだして遊んでもらってました。

そして、家に帰ってから、
どうかなぁと思いつつ
「行く?」と聞くと
二人とも「行く!」とのこと。

それではと手続きを進めることにしつつも、
見学に行った興奮が冷めたらどうかなぁと考え、
もし一度でも「やっぱり行きたくない」ということがあれば、
今回は取りやめて来年以降にしようと思っていました。

なので、二人には
「まだちゃんと決まってないから、誰かに言ったらだめだよ」と
言っておいたところ・・・

翌日の保育園でのお迎え時には、
「E美ちゃん、地元の小学校には行かないって言ってたんですけど」 (゚∇゚ ;)エッ!?

そんなに行く気満々なんですね!w(゚o゚)w オオー!

 というわけで、母の心配をよそに、
娘たちはためらうことなく山村留学に旅立っていったのでした。

第1回は、おしまいデス。

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第2回も、おたのしみに!
 

山村留学 始まりの瞬間 ~こどもが「行く」と言ったとき~ N田編


■重要■ 平成28年度を最後に、高市小学校の廃校が決まりました。
 この記事は、現在までの山村留学生保護者の経験談を基にしています。これは高市小学校と連携した状態での山村留学制度に関するものであるため、平成28年度までの山村留学に限定した情報として御利用ください。


仮管理人N田です。

 我が家は男の子ばかりの4兄弟です。

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H24年春・我が家初の留学直前の4兄弟。

 本年度も含め3期に渡って2名ずつ、延べ6名を留学させている山村留学リピーターです。兄弟でも随分と性格が異なりますし、留学に臨んだ理由も様々です。山村留学に行くことを子ども自身が決断したエピソードを、3人それぞれ具体的にご紹介します。留学年度が重複しているため、各個の時系列が前後致します。適宜読み繋げてください。 ※今回の記事は表題のとおりで、留学生活の成果は後日別記事でご紹介します。

H24年度 長男 T色(3年) 次男 K星(1年)
H25年度
H26年度 次男 K星(3年) 3男 R地(1年)
H27年度 長男 T色(6年) 3男 R地(2年)
H28年度
H29年度 次男 K星(6年) 3男 R地(4年) 4男 S春(1年) (予定)

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