毎日暑い日が続きますね。
今日は広田小学校のプールについてご紹介。
子ども達、昨日は学校のプールをみんなで綺麗にしたようです。
先日の学校のプール清掃ブログはこちら
さてさて、この広田小学校のプールはもうすぐ52歳になります。
ここで問題、このプールの中に入っているものはなんでしょう?
広田だから清流の水かな?
自然豊かな土地だからアメンボかな?
ここで一つの広田の偉人のお話をご紹介します。
川崎正蔵先生の物語です。
川崎先生は明治44年から高市小学校で3年間学び、
実業家として成功され広田地区のために多大なるご尽力をいただいた方です。
ちょうど52年前の昭和41年に(旧)広田小・中学校のプールは完成しました。
そこからさかのぼること3年前の昭和38年の夏休みの高市小学校に
大きな風呂敷を背負った中年男性が突然訪ねてきました。
日直の先生は
「押し売りみたいな人がおいでとんじゃが、来てみーな」と学校の近くに住んでいた
亀田先生を呼びました。
その中年紳士は川崎正蔵さん。
小学校時代を過ごした高市が懐かしくて50年ぶりに高市小学校と訪ねてこられました。
大きな風呂敷の中は外国たばこや浅草海苔などたくさんのお土産。
「高市が懐かしい。山も川も変わっとらん。昔の父の写真を見せてほしい(お父様は元高市小学校校長先生)同級生やみんなに会いたい」とおっしゃられ、
亀田先生は校長先生、PTA会長はじめ村のみんなを集めて昔話に花を咲かせました。
あのころと変わらない温かい高市の人情に喜んだ川崎さんは
「私は東京で実業家として成功させてもろとる。何か望みはないか、何でも言うてくれ」
そこで
「小学校単独で給食を始めて間がないんで、冷蔵庫を」
と伝えると
「そんなもんじゃない。もっと大きなもんを言うてくれ」
「それなら、東京オリンピックが近いから、カラーテレビを」
「そんなもんじゃない。もっと大きなもんを」
当時は高市川で子どもが泳げず、年に1度臨海学校に行っていたので
「それじゃあ、プールを」
と当時の広田村にまだなかったプールの建設をお願いすることとなりました。
高市を代表してPTA会長の長岡さんと議員の徳田さんの2人で、
東京の川崎さんのお宅までプールの設計図をもってお願いに伺いました。
川崎さんは快く了承し、プールの建設費用を全額寄付してくださいました。
そして昭和40年、高市小学校に「川崎プール」が誕生しました。
しかしこれだけでは終わりません。
そのころ、広田小学校にもプールを作る話がありましたが行き詰っていることを知った川崎さんは
「広田には中学校もあるのに、プールが無いのは良くない。高市小学校と同じだけ寄付しよう」
とおっしゃられ昭和41年8月に旧広田小・中学校のプールが完成。
まだまだ話は終わりません。
「広田村の3校のうち、玉谷小学校にだけプールが無いのは良くない。
こちらにも同じだけ寄付しよう」
と昭和42年玉谷小学校にプールが完成しました。
この昭和41年8月にできた旧広田小・中学校のプールは
昨日子ども達がお掃除した今の新広田小学校のプールです。
(旧広田小学校は平成28年度末をもって閉校しましたが、
同じ施設を使用して29年度4月に今の広田小学校が開校しています)
ここでふたたび…
このプールの中に入っているものはなんでしょう?
それは
川崎先生の旧広田村への熱い思い
地域の方の希望や願い
子ども達の川崎先生への感謝
それを受け継ぎ語り続ける先生方の熱意
たくさんの人の思いがそれこそ
あふれるほど入っているプールです。
毎年高市っ子はプール清掃の前には必ず
川崎先生のお話を聞いていました。
そして感謝をこめて丁寧にプールをお掃除していました。
今年のプールも今年の児童の思いがこもったプールになる
といいなと願っています。
川崎先生もどこかで見てくださっているでしょう。
この写真は高市小学校でのプールの落成式の際の川崎先生です。

旧広田村には川崎先生の銅像も
さて、これは広田小学校の近くにあります。

学校のブログによると6月1日から水泳練習開始のようですね。
子ども達、しっかり川崎先生の愛情を受け止めてもらいたいものです。
今日は広田小学校のプールについてご紹介。
子ども達、昨日は学校のプールをみんなで綺麗にしたようです。
先日の学校のプール清掃ブログはこちら
さてさて、この広田小学校のプールはもうすぐ52歳になります。
ここで問題、このプールの中に入っているものはなんでしょう?
広田だから清流の水かな?
自然豊かな土地だからアメンボかな?
ここで一つの広田の偉人のお話をご紹介します。
川崎正蔵先生の物語です。
川崎先生は明治44年から高市小学校で3年間学び、
実業家として成功され広田地区のために多大なるご尽力をいただいた方です。
ちょうど52年前の昭和41年に(旧)広田小・中学校のプールは完成しました。
そこからさかのぼること3年前の昭和38年の夏休みの高市小学校に
大きな風呂敷を背負った中年男性が突然訪ねてきました。
日直の先生は
「押し売りみたいな人がおいでとんじゃが、来てみーな」と学校の近くに住んでいた
亀田先生を呼びました。
その中年紳士は川崎正蔵さん。
小学校時代を過ごした高市が懐かしくて50年ぶりに高市小学校と訪ねてこられました。
大きな風呂敷の中は外国たばこや浅草海苔などたくさんのお土産。
「高市が懐かしい。山も川も変わっとらん。昔の父の写真を見せてほしい(お父様は元高市小学校校長先生)同級生やみんなに会いたい」とおっしゃられ、
亀田先生は校長先生、PTA会長はじめ村のみんなを集めて昔話に花を咲かせました。
あのころと変わらない温かい高市の人情に喜んだ川崎さんは
「私は東京で実業家として成功させてもろとる。何か望みはないか、何でも言うてくれ」
そこで
「小学校単独で給食を始めて間がないんで、冷蔵庫を」
と伝えると
「そんなもんじゃない。もっと大きなもんを言うてくれ」
「それなら、東京オリンピックが近いから、カラーテレビを」
「そんなもんじゃない。もっと大きなもんを」
当時は高市川で子どもが泳げず、年に1度臨海学校に行っていたので
「それじゃあ、プールを」
と当時の広田村にまだなかったプールの建設をお願いすることとなりました。
高市を代表してPTA会長の長岡さんと議員の徳田さんの2人で、
東京の川崎さんのお宅までプールの設計図をもってお願いに伺いました。
川崎さんは快く了承し、プールの建設費用を全額寄付してくださいました。
そして昭和40年、高市小学校に「川崎プール」が誕生しました。
しかしこれだけでは終わりません。
そのころ、広田小学校にもプールを作る話がありましたが行き詰っていることを知った川崎さんは
「広田には中学校もあるのに、プールが無いのは良くない。高市小学校と同じだけ寄付しよう」
とおっしゃられ昭和41年8月に旧広田小・中学校のプールが完成。
まだまだ話は終わりません。
「広田村の3校のうち、玉谷小学校にだけプールが無いのは良くない。
こちらにも同じだけ寄付しよう」
と昭和42年玉谷小学校にプールが完成しました。
この昭和41年8月にできた旧広田小・中学校のプールは
昨日子ども達がお掃除した今の新広田小学校のプールです。
(旧広田小学校は平成28年度末をもって閉校しましたが、
同じ施設を使用して29年度4月に今の広田小学校が開校しています)
ここでふたたび…
このプールの中に入っているものはなんでしょう?
それは
川崎先生の旧広田村への熱い思い
地域の方の希望や願い
子ども達の川崎先生への感謝
それを受け継ぎ語り続ける先生方の熱意
たくさんの人の思いがそれこそ
あふれるほど入っているプールです。
毎年高市っ子はプール清掃の前には必ず
川崎先生のお話を聞いていました。
そして感謝をこめて丁寧にプールをお掃除していました。
今年のプールも今年の児童の思いがこもったプールになる
といいなと願っています。
川崎先生もどこかで見てくださっているでしょう。
この写真は高市小学校でのプールの落成式の際の川崎先生です。

旧広田村には川崎先生の銅像も
さて、これは広田小学校の近くにあります。

学校のブログによると6月1日から水泳練習開始のようですね。
子ども達、しっかり川崎先生の愛情を受け止めてもらいたいものです。