■重要■ 平成28年度を最後に、高市小学校の廃校が決まりました。
 この記事は、現在までの山村留学生保護者の経験談を基にしています。これは高市小学校と連携した状態での山村留学制度に関するものであるため、平成28年度までの山村留学に限定した情報として御利用ください。


仮管理人N田です。

 我が家は男の子ばかりの4兄弟です。

151202
H24年春・我が家初の留学直前の4兄弟。

 本年度も含め3期に渡って2名ずつ、延べ6名を留学させている山村留学リピーターです。兄弟でも随分と性格が異なりますし、留学に臨んだ理由も様々です。山村留学に行くことを子ども自身が決断したエピソードを、3人それぞれ具体的にご紹介します。留学年度が重複しているため、各個の時系列が前後致します。適宜読み繋げてください。 ※今回の記事は表題のとおりで、留学生活の成果は後日別記事でご紹介します。

H24年度 長男 T色(3年) 次男 K星(1年)
H25年度
H26年度 次男 K星(3年) 3男 R地(1年)
H27年度 長男 T色(6年) 3男 R地(2年)
H28年度
H29年度 次男 K星(6年) 3男 R地(4年) 4男 S春(1年) (予定)


---------- 長男T色 3年生での初回留学
  2年生時の1月29日、大型量販店で同級生の女の子と偶然会いました。「あっ、T色くんや!」と言って小さく手を振り私に会釈する彼女に対し、T色は挨拶どころではありません。恥ずかしがり屋であがり性なんです。学校ではおとなしい子だと聞き及んではおりましたが、家では明るく活発なので、まさかこんな状態だとは思っておりませんでした。事情を聞いてみると、何だか恥ずかしいとのこと。幼い頃から親しかった子や、近所の大人に挨拶することさえできないようです。口には出しませんでしたが、本人も外で思うように振る舞えず日々辛いようでした。このような状況で挨拶を強制するのは得策とは思えません。本人に無用なストレスをかけず修正する方法は無いかと考えた末、生活環境面からのアプローチということで山村留学を選択肢に加えました。

 ※ちょうどこの年度、現在も3度目の留学中のE美さんとそのお姉さん姉妹の様子が愛媛新聞で連載紹介されており、親の方は既に山村留学に多少の関心を持っていました。

 さしあたって挨拶程度はできるよう少しずつ指導を試みたものの、本人にとっては大問題らしく、好転する兆しはありませんでした。あの一件から約1ヶ月経った、2月28日の夕食中でした。
 「なあT色くん、来年から山の学校行ってみる?」
 「うん行く。」

 この時点で2年生・8歳の長男が山村留学を理解しているとは思えませんでしたが、初回の留学決定は実際このような数秒のやりとりでした。

---------- 長男T色 6年生で2度目の留学
  5年生時、地元小学校で貰ってきた中等教育学校の案内チラシに興味を示したため、10月4日のオープンスクールに参加しました。対象は5・6年生でしたが、当然ながら主に6年生が参加していたようでした。受付を済ませ、体育館で校長と在校生数名から話を聞きます。10歳のT色には到底全部理解できそうにない、少し熱を帯びた内容。それでも子供なりに何か感じているように見えました。その後、教室へ移動し1時間の体験授業を受けました。何かしら確信を持ったようで、 帰りの車の中で「ボクあの学校へ行きたい」といいました。
 試験をクリアするという目標ができた長男。未知の受検勉強に対し自分にとって最良の方法を考えた末、12月中旬に自分の意思で翌年の山村留学を希望しました。

---------- 次男K星 1年生での初回留学
 長男の山村留学が具体化して関連書類などを作成している様子を見ていた未就学児(6歳)の次男。2月29日、面接申込書を郵送する直前になって突然「おれも行く」と言い出しました。冗談かと思いましたが本人は大真面目で、一切揺らぎません。大急ぎで書類を追加し4者面接~長男と一緒に留学となりました。
 余談: 入所後、「いつまでここに泊まるん?」と聞いてきました。どうやら3~4日滞在する研修旅行のようなものだと思っていたようです。「1年間ここで生活するんだよ」と告げたら駄々をこねるかもと思ったものの、不思議と「帰りたい」とは一度も言いませんでした。

---------- 次男K星 3年生で2度目の留学
 早々に留学を決めていた3男の留学が正式確定した翌日の2月4日、「おれも行く」と言い出しました。前回と同様、急きょ書類をもう1セット準備しました。本人に動機を尋ねたところ、「R地と一緒に行ってみたかった」という単純な回答でした。テレビゲームのある生活より、高市の方が楽しかったようです。でも、K星は2年時を過ごした地元小学校の授業やイベントに度々不満を言っていましたので、恐らくは高市の生活で得られた種々の充足感が再留学の主因だと思います。

---------- 三男R地 1年生での初回留学
  年中(4歳)のときに上の兄2人が山村留学しました。ときに一緒に高市で楽しく過ごすうち、自らも留学を熱望する状態でした。翌年は年長、まだ留学できないことが納得できず、よく怒っていました。その後しばらく山村留学のことを口にしなかったので熱も冷めたのかと思っていましたが、学習発表会のあった2月2日になって「僕って来年留学するんよね?」と当然のように発言。既に準備済みだった地元小学校の体操服や指定用具を一部無駄にして、大急ぎで手続きしました。1年半待ってようやく待望の留学生となり、既に仲良しだった地元の同級生K菜さんと一緒に高市小学校の新入生となりました。
 余談: 入学前年、K菜さんは「来年K菜と一緒に高市小学校に入学するR地くん!」と、どなたかに三男を紹介していたのを思い出します。

---------- 三男R地 2年生で2度目の留学
  2年時、地元に戻らず継続留学を希望しました。未就学時代は何をやっても2人の兄に及ばないことが不満で、少なからず劣等感を抱いていたようです。高市では、1年生であっても重要な役割を任され、常に一人前に扱われます。これがR地の自尊心を向上させる、決定的な要素になったようです。よほど高市の環境が心地良かったのでしょう。

---------- 四男S春 4歳 再来年留学予定
 一昨日、入浴中に次男K星と交わした会話です。
 「ハルちゃん、何小学校行くん?」
 「高市小学校」
 「お母さん居ないよ、大丈夫?」
 「えっ、寮母おるやん」

 このところ、「早く1年生になって高市小学校へ行きたい」と、よく言うようになりました。

----------

 我が家の子供たち、いったい延べ何名が山村留学するのでしょうかね。

  如何でしょう、参考になりましたでしょうか。同じ家庭で育った兄弟でも、留学理由は様々です。ただ間違いなくいえるのは、子供目線で客観しても、高市の好環境が理解できていることです。関係者が良さげに粉飾するのは容易いですが、留学生のリピーターは最も信頼できるインプレのひとつでしょう。

 子供は嫌なことを進んでしませんから!