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年生での山村留学、受け入れできるところは全国的に少ないんです。

わが家の次男、今年度1年生での留学生。

留学を決めてからちょうど1年経過しました。
この1年を振り返ってみようかと思います。


写真は入所式のあとの次男
早くも友達とじゃれています

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どんな幼稚園児だったか

典型的な次男坊。
長男をみて人間関係の要領を学ぶ。
2歳からプリスクールでのびのびと育ったバイリンガル。
友達のことを一切悪く言わない優しい子。
お菓子やおもちゃを周りに分け与えるのが好き。
おこずかいをもらうと気前よくみんなにお菓子などおごって使い切ってしまう。
折り紙と読書が好き。

片づけは苦手、身の回りの支度ができない、物をよくなくす、
野菜が嫌いで食べるのはかなり遅い。
習い事先でも気が向いたことしかしない、よくも悪くもマイペース。
冬場はよくおねしょをする(が気にしない)、
家では真冬でも裸族、何度言っても服を着ない。

 

次男が留学を決めたきっかけ

長男が3年生で留学をした当初の春から夏まで、長男がとても大変そうに見えたらしい。
(実際に慣れるのに時間がかかる長男は本当にしんどかったと思う)
何かの時に軽~く留学する?みたいな問いかけをしたときに
「え~、高市って大変そうだからイヤだ」とバッサリ。

ところが、長男が慣れてきて次男自身も高市に通うたびにたくさんのお兄ちゃんたちに遊んでもらって楽しくなると留学したい気持ちが芽生えたらしく、
自ら「高市に行きたい」と発言したり
「○○小学校(地元の小学校)と高市小学校のいいところ比べ」などを勝手に始め、
最終的に高市小学校に行きたいと決断。
(決め手は今年の9月になって彼から聞いた話は「高市小学校がなくなるから、いけなくなるのはイヤだったから」と話してくれた。当時6歳でも大好きな小学校のいきなりの閉校は彼にとっては大変なショックだったらしい)

 

親の迷いや不安

迷いや不安はなかった。
高市(学校・センター・地域の皆様)に任せておけば大丈夫。
さらに次男が大好きだった留学生が継続を決め次男の面倒を見てくれるという。
私が寂しいのは関係ない。
心配するとすれば
日本語、プリスクール出身で送迎のシッターさんまでバイリンガル保育士という次男、日常会話は問題なくできるものの、当然怪しい日本語を話し、先生も友達もシッターさんも呼び捨て。からかわれたりしないだろうか。

当時長男の担任だった先生に相談、その時に「Aなら大丈夫!」
具体的な対策として絵本の読み聞かせのアドバイス&養護の先生もお子様がプリスクール出身でフォロー可能とのこと。
なんとありがたい!その日から次男には(そんなこと普段せんのに)絵本の読み聞かせを開始。

実際に入所してからもセンター長は
「(高学年に向かって)席に着け~。(次男に)席に着けゆうてもわからんわいね。椅子に座るんよ」と優しく日本語を教えてくださる。

 

今はどうなった?



★良くなったと思ったこと



表現力や感謝の心

自分を表現することや意思をきちんと伝えることができるようになった。
「ありがとう」「それはおかしい」など感謝を表現したり反論したりする言葉がぐっと増えた。
これは日本語が上達したこともあるが、高市小学校での表現活動や発表の多さや、黙っていては思うようにできない寄宿舎生活の成果ではないかと思う。
私は自分の思いは察してもらうのではなく、アサーティブに人に伝える責任があると考えていたため、この成長は嬉しかった。



学習面

もともとはそんなに悪くはなかったが(わが家基準では)よく出来るようになった。
2歳から学習の面倒を見てもらっていた先生に夏休みに預けた際に、勉強にきちんと取り組むようになったと褒めてもらった。
(その先生のところでもかつての次男は勉強などはせず折り紙や読書など好きなことだけして過ごしていた。)

金銭感覚

少しは勘定が身についてきた様子、これも寄宿舎での外出時の限られた小遣いで買い物を自らする体験からかもしれない。
夏休みの在宅時にはお手伝いをして請求書を提出するまでにになった。
が、冬休みのお年玉はまたもや使い切っている様子。やはりあまり進化はないかも?

体が引き締まる
山村留学をするまではスイミングに週2回通っていたが、ぽっちゃりちゃん。
山村留学をして友達と野山を駆け回るうちに体つきが引き締まってきた。
運動会ではこんなことができるようになるのかと成長に感動。

日常会話

語彙が増え日本語がめきめきと上達。
1か月後の子どもの日まつりでは谷間に響く大きな声で日本語のめあて発表をするという上達ぶり。
先生や友達も○○先生、○○君と呼べるようになった。
センターではわりと友達同士を呼び捨てにすることが多く指導員も適当な言葉を使う
(このゆるさはいい意味で「自宅」や「そのへんのおっちゃん」のポジション)が、
学校では担任の先生がとても丁寧かつゆっくり優しい言い回しの日本語を使ってくださり次男の話す言葉にもいい影響を与えてくださっている。
それは最初だけでなく入学して9か月たった今も変わらない。
(余談だか、センターでは体験入所の子が来たときにはちょっと優しい言葉になり、お説教も減るらしい()私から見ると変わらないように見えるが、保護者がいるときといないときは違うのかもしれない()私も一度聞いてみたいもんだ。)

 

★変わらないと思ったこと



おっとりしたまま

上級生に抑えられて性格が擦れたりしないかと心配していたが、おっとりとして優しいまま。
中学年だと高学年の圧力を感じることもあるようだか、低学年だと単純にかわいがってもらえるのかもしれない。(とはいえ掃除など班で共同でやらないといけない義務の部分については容赦なく叱られているみたいだ。次男もしょっちゅうどやされている。親が目撃するくらいなので、日常的にどやされているんだろうと想像する。(、、、があまり萎縮しない。これももともとの性格もあるが普段かわいがってもらっていたり、いい意味で兄弟のような関係が出来ているおかげかと思う)

マイペース

習い事先でも習い事をせずに本を読んだり好きに過ごしていたがそれはセンターでも変わらず。
みんなが外遊びに行っても本が読みたければ、本を読む。
相変わらず野菜は苦手なまま、食事は遅く朝食はほとんど食べられないらしいが、体は大きくなっているので高市小学校のおいしい給食で救われている様子。

おねしょ

今でもたまにしているらしく先日などは朝のトイレが間に合わず「大」おもらしを布団の中でしてしまったらしい。センター長に布団を洗ってもらった。
これは申し訳ないが、勘弁してもらおう。
センター長、10年たったら笑い話にしてやってください。

忘れ物

しょっちゅう担任の先生とセンターに取りに帰っているが、反省しているのか不明。
1年生は3人とも忘れ物が多いらしい。
学校とセンターの距離の近さ故か?物をなくすのも変わらず。
センターでは文房具などは預り金から購入するが、あるときその明細に「消しゴム2個」というのがあった。
消しゴムは1個あればいいんだよ。

身の回りの自立

これは親としては密かに期待していたが、ちゃっかり者の次男は自分のお世話をしてくれる女子を見つけている様子。
ここは3月までに何とか自立してもらいたいもんだ。
(余談だがセンターでは服を着るようになった。当たり前か。)

いじめ

長男の報告によるといじめられたこともあるらしいが、長男から見ていじめられているように見えただけなのか?本人はそのいじめた子のことも純粋に好きであまり悪くとらえていない様子。
次男から帰りたいだのいじめられただのと泣きつかれたことは一切ない。

「お母さんに会えないのは寂しいけどセンターの暮らしは楽しい」らしい。

 

 

★悪くなったこと

(実は特にはないのだが、、、何か書いたほうがいいかな?という程度で書きます)

下品な言葉

たくさん覚える。
が、これも「正常な小学1年生の範囲内である」と先輩ママに教わりそうだと信じているので大したことではない。
20歳になっても下品な言葉を使うわけではないし、変な言葉もそれが変だと知っておくべき。
むしろメリットかな?
そういえば長男も1年生になった途端に学校で下品な言葉をたくさん覚えてきて驚愕したことを思い出す。



視力の低下

夜、暗いところ(布団の中とか)でこっそり本を読んでいるらしく、視力が低下した。
しかし視力なんて遺伝もあるしそのせいかどうかは分からない。
私は視力が悪い。



英語をすっかり忘れた

これは想定内。
英語を忘れても高市での学びによる人間力向上は単なるアイテムとしての英語とは比べ物にならない価値があると思っているので、全く問題ない。
(でも当初は親としてはなんだかもったいない気持ちがあったことは事実)

というわけで「悪くなったこと」はないかもしれない。

 

長男を送り出した2年前、今思えば過剰な期待をしていたと思う。
口には出さなかったが、長男はそんな中頑張ったと思う。
そんな長男の頑張りを余所にいいとこどりの次男はのびのびと高市を満喫している。
いろいろと書いたが、本音を言うと次男には高市でこうなってほしいという類の期待は一切ない。
小学校生活の大切な1年、たくさんの友達や高市小学校や留学センター、地域の方々の温かい愛情をたっぷり受け、自然を満喫してもらったらそれでいい。
入学式の時の桜の花びらの色、初めての小学校生活が始まるドキドキ、高市川でエビを見つけた感動、初めての稲刈りの感触、友だちとハムスターごっこをしたこと、およりんかまでみんなで走ったこと・・・
10年後、彼は覚えているだろうか。
一つひとつは覚えていなくてもいい。

それは彼の心の栄養になり将来羽ばたく力になると私自身が確信しているからだ。